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教科における探究・・

教科書の内容を深掘りし、実社会で活用する探究学習の重要性について考えてみませんか?

教科における探究って何?

・・・って、思ったんですが正直、今年の本校の
教員研修の年間テーマでもあるんですが、
探究担当者としては、「イマイチ分からん」
かったのです。

だって探究は原則が「自らの生き方・在り方に沿って」って言ってたはず。反面、教科カリキュラムは基本的に決まってる一連の流れ(の作業)なわけ、そこに矛盾が生じる。

さらに進学校だと、それさえも「大学受験に出るところが重点的に指導される」わけだから、教科そのものの理解にも「害がある」って最近感じている次第。

なので本当、「わけわからん」とは思ってます。
(あ、言っちゃった・・・

自分なりの定義

が、あえて言うとすれば(だって担当者だし、
何年も探究に関わったこだわりもあるからね)
「教科書の内容から、本人が飛び出していって、
 実社会に興味持って深掘りしたり、教科で
 学んだ知識、スキルを活用して実社会で
 生かす」
ってことだと想像します。


で、今朝fbで見つけた方の記事があって、
(それは直接知ってる人の記事じゃないので割愛)
可児高校の英語コミュニケーションⅡ 本校は
桐原書店のHeateningを使ってますが、Lesson3で
カレーの話が出てます。

インド〜英国〜日本〜世界へという話なんですが。
端々に、歴史・文化的な生徒に突っ込んで調べて
ほしいポイントが「あまり語られずに」進んでます。
これは内容が薄いんじゃなくて「なんでだろ?」と
思って突っ込んで調べてほしいからかな?と思います。
何でもかんでも詳しく書くと生徒が疑問を持つ余地も
ないのである意味妥当だと思います。

例えば
「なんで、小麦粉を加えたことが、そんな顕著なターニングポイントになるの?」とか。(この伏線に気づいてほしいな)

「そもそもなんでイギリスから日本にカレーが入ってきたの?」とか。いやー、超考えてほしい。でも、英語の授業ではそれを表層でサーっとなぞるだけじゃないですかー。でも「え?なんで?」ってポイント、そればっかりやってたら授業進まないかもしれないけど、そういうことじゃない?って思うんですよね。

で、今朝の記事は、もっと政治色のある話ではあるんですが
こんな話が。GPTの要約をせておきます。
タイトル
「中村屋名物の「インドカリー」に隠された歴史」
(いや、知ってる人は知ってる話かもよー?w)

中村屋といえば

いや、名前は知ってますよ。
でもさ、こんなことまでは知らんかったよ・・
うん、「中村屋監修」に重みを感じるようになった。

ラス・ビハリ・ボースはインドの独立運動家で、イギリスの植民地支配に抵抗していた人物です。彼はインドから逃亡し、日本に亡命しました。当時、日本は大英帝国との同盟関係にありましたが、日本国内には彼を支持するアジア主義者たちが多くいました。特に、頭山満や犬養毅などの支援者が彼をかくまうことに尽力しました​ (Wikipedia)​​ (note(ノート))​。

ボースは新宿中村屋の創業者、相馬愛蔵・良夫妻のアトリエにかくまわれ、その間に日本語を学び、日本人の支援を得て独立運動を続けました。その後、彼は相馬夫妻の娘、俊子と結婚し、1923年に日本に帰化しました​ (Wikipedia)​​ (Nakamuraya)​。

この背景により、新宿中村屋の「インドカリー」はボースによってもたらされたものとして有名であり、彼の独立運動のシンボルともなっています​ (note(ノート))​​ (SorryNotPossible)​。

GPTまとめ

ね。
したら、ここからちょっとでも湧いた疑問から情報を集めてレポート英語にでもしようものなら「ミニ探究完成」だよね。多分、高校生が半期ぐらいで行えるテーマにもなるし。教科書にある内容からでも十分探究ってできる気がする。


知らんけどw


アフタートーク
去年あたりから自分の周辺でキーワードとして
インド
カレー
あたりがざわついてる気がします。
インドが僕を呼んでるのか・・・

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