2023OYWJコーカス参加記録(序編)
6月9日、10日と東京渋谷デジタルガレージ・ドラゴンゲートで行われたOYWJのコーカス(集会)に参加をしてきました。日本中ならず世界でローカルに活躍するヤングリーダーのピッチを「これでもか!」と浴び、また、企業派遣の参加だったり、や自分で「派遣してくれ!」と希望された方々、また、これからの若者のを支えるWiseな方々達(Wizと呼んでもいいんじゃないか?: I think we can call us, people who are over 30's, of course we are "young-at-heart" and I'm always "with you" and the gathering such persons, so I think we can call such we-es, for these reasons, I'm thinking call ourselves "Wiz" maybe I hope we could have some kinds of magic, so we can be a wizerd. yeah, Wiz, I think this is cool, isn't it?)と熱い人たち、100年先を見ている人たちの集まり、でした。
「なぜ「探究なのか」腑に落ちるように図にせよ」の指令・・
今回のコーカス参加に際してそんな指令も来てました。「なんとなくやった方がいい、でも何で?」それをずっと考えながら今回、参加して改めて感じたのは、例えばOECDが示すラーニングコンパスにしてもそこで得たい力「エージェンシー」にしても「ウェルビーイング」にしても、まずこの不安定な社会において「自分で生きて行く力」と「仲間とつながる力」双方が必要です。
本校の教育目標「自ら学ぶ」「自ら治む」「自ら鍛う」の再定義
工業化社会においては工場生産や組織運営上「誰の力に頼ることなく与えられた、または決められたタスクをやり切る」ことが必要でした。でも今は事情が変わってきています。上司が部下にタスクを与えようとしても、適切なタスクかどうか与える側・与えられる側それぞれ検証する必要があるでしょう。(じゃないと「無駄な事をやる」ことになります)「最適な方法」は諸条件によって変わるわけですからその時その時の判断ができる組織・人間が求められているでしょう。
最低限タスクをこなす能力は必要ですが、今の世の中「あらゆる組織形態、文化を環境保護と相反しないものに変えていく」のが今の流れだとこのコーカスでも強く感じました。持続可能な組織はそれを目指す基盤だろう、と。そこで求められる人物像をどれだけ解像度高くイメージして教育をデザインするかが我々学校にも求められていると考えるべきだと考えます。
ですから校訓version2.0が昨年度までのテーマ「自走」ですが、じゃ、何のために自走するのか?を考えねばなりません。
この動画を見てずっと考えてきたのですがやはりこれからの生存戦略は「いかに関係する人間を増やして自分ができないことを頼れるリソースを増やす」これしかありません。頼るだけではだめで「他者を励ます」「他者の夢を応援する」「リソースを融通する」ことができるかどうか、が個々の能力として求められると感じています。つまり「個としての自立した人間を目指す(外部デバイスによる補強・機能拡張も含みます)」部分と「お互いの活動を補完する「つながり」「コミュニティへのメンバーシップ」がこれからの社会のベースになると予測します。こういった人と人との営みを今までは「貨幣」という物差しで測ってきたわけですが今後100年これからはおそらくそこが変わってくるでしょう。(それを支えるのがブロックチェーンやChatGPT等ジェネララティブAIがベースのWeb3社会だとイメージします。)
で、端的に何が求められるかといえば「そこそこ自分で色々やれる汎用性」と「ここは重点的にライフワークとして追っていきたい何か」をもって専門性を高めて他者にインパクトを与えられる部分と、それを活かして他者を応援する力を持つこと、その二つがエージェンシーに繋がっていくのではないか、と思うに至りました。校訓のRe-definition(再定義)は個の時代から個をベースとした緩い協力を構築できる「繋がる力」が必要だと思います。他者を応援したり、支援したり、または余力を融通するには「個人の余裕」がないとできないわけですから、その余裕を作るのが旧約校訓、そして次世代は「それを土台にした協力、共創を前提とした繋がる力」じゃないかと考えました。
時代は「ドラえもん・ケンシロウ」から「ワンピース」へ
最近のアニメはほとんど見てないですが(娘の影響でプリキュアですかね・・あ、でも最近はDrStoneと水星の魔女見てますけどね)、昔のアニメドラえもん、ケンシロウ、キン肉マン、、みんな「ヒーローが何とかしてくれる」的な感じで「一人の最強な個」になる事を教育も求めていたと思います。でも時代が変わり、得意不得意や個性がそれぞれあることが認知されてきてそういった「何でも一人でやりなさい!」という時代は終わった気がします。
他方、アニメキャラクターで言えばOnePieceはスタート当時結構画期的でした。ヒーローに弱点があるわけです。弱点があるからお互いサポートし合う必要があるわけです。そこにどんな理由があるかは様々ですが、おそらく今の物語やアニメのプロットはそういった文脈を含むのではないでしょうか。そしてこれは時代に対する敏感な編集者が時代の流れを読んでそういったプロットにしてるのではないか?と推察します。
有名大学行って、その先、何したいの?
そこに行きたい、だから自分で何すればいいか手段考えて、自分の力をモニタリングして「もっといい方法がないか?」工夫しながら学力向上を図る、今の学習指導要領が求める高校生像はこんな感じかな、と思います。そのための模試の結果分析だったりすると思いますがそういう観点で学校生活過ごしていればいいですが「与えられるマインド」で生きてると今後厳しいと思います。
また、皆さんが知ってるようないわゆる有名企業の人たちがこのピッチ動画では何人も自分の言葉として英語でピッチ・プレゼンテーションを行っています。こういうイメージを持って、じゃ「今の自分は何をすればいいのか」日頃の学習に落とし込んでください。多分それが最適な受験勉強、というか学習ではないか、と思いますここにイメージがない、とすれば別のキャリアモデルを自分で模索する必要があると思います。現実問題として有名大学の卒業生を入社させている企業は「こういった人財」を求めている(大学には暗に求めている)でしょうし、大学はそういう人材になりそうな人たちを高校生から選びたいと考えている・・・わけですよね。だとすると、今自分は何をしたら有利か?みたいなある種の生存戦略(損得も含めて)を考えるのは自明の理があると思います。
そういう意味でこの動画がアーカイブされてどこにいても無料で見られるようになっている、のは素晴らしいことですし全国のnoteされてる高校の先生からその先の生徒さんたちに繋がっていけばいいなと思ったのでこの投稿をあげさせていただきました。